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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)1778号 判決

原告 柴山芳太郎

被告 芝池薫 外一名

主文

被告等は原告に対し各自金一〇二、八四二円四二銭、及びこれに対する昭和二九年四月一五日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、他の一を被告等の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり原告において金三〇、〇〇〇円の保証を供するときは仮に執行することができる。

事実

一、申立

原告訴訟代理人は、

「被告両名は、原告に対し各自金二〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二九年四月一五日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被告等訴訟代理人は、

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求めた。

二、主張

(1)  原告の陳述

原告訴訟代理人は、請求の原因として、

「(一)被告川西は大阪府松原市において織布工場を経営していたものであり、被告芝池は同川西の被用者として同人所有の自動車の運転に従事していたものである。

(二) 昭和二八年六月二〇日、被告芝池は、被告川西の業務執行のため大阪市東区住吉町三九番地先路上を被告川西所有の自動車を運転して北進中、折柄自動車に乗つて同所附近を北進していた原告を追い越そうとしたところ、このような場合、追越をしようとする自動車の運転手たる者は、前方を注視し警笛の吹鳴等の方法によつて先行車である自動車の運転者に警戒をさせ、十分に交通の安全を確認した上で追い越すべき業務上の注意義務を負つているのに拘らず、これを怠つて漫然と進行したため、その自動車の左後部を原告操縦中の自転車の荷物台、及び原告の右肩部に接触させてこれをその場に転倒させるに至つた。

(三) このため、原告は右鎖骨複雑骨折、陰部打撲症及び血腫、尿道損傷、の傷害を受け、昭和二八年六月二一日より同年七月二四日まで関西(元大阪女子)医科大学附属病院に入院して療養を加え、退院後も同年一〇月一日まで同病院に通院加療したが遂に全治するに至らず、右肩甲関節部に運動障害を残すこととなつた。

(四) 而して右事故によつて原告の蒙つた財産上及び精神上の損害の額は次の通りである。すなわち、療養費八二、五二五円(関西医大附属病院へ支払つた分三二、五二五円及び伊勢薬王寺病院、彦根沼波接骨院、播州稲垣接骨院へ支払つた分計五〇、〇〇〇円)、関西医大附属病院における附添婦に対する支払一一、五五〇円、休業による損失八三、〇〇〇円(昭和二八年六月二一日より同年九月二五日までの九七日間の賃金)、障害による将来の損失一〇〇、〇〇〇円、慰藉料一〇〇、〇〇〇円、自転車修繕費二、一〇〇円、合計金三七九、一七五円である。

(五) 以上の如く、被告芝池は、自らの過失によつて原告に対して右損害を加えたものであるからこれを賠償すべき義務を負い、又、右損害は被告川西の被用である被告芝池が被告川西の事業の執行につき原告に加えたものであるから、同被告もまた原告に対してこの損害を賠償すべき義務を負うものである。よつて、原告は被告等に対し右損害額の一部である金二〇〇、〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二九年四月一五日より右支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いとを求めるため本訴に及んだ次第である。」

と述べ、

被告等の(仮定)抗弁に対しては、

「原告が訴外後藤某を介して被告川西より見舞金名義の金二〇、〇〇〇円を受領した事実、及び原告が本件事故に関して労働者災害補償保険法(以下労災保険法と略す)に基く保険給付として天満労災基準監督署より金六七、〇五〇円(療養費二二、五五〇円、障害手当四四、五〇〇円)を受領した事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。」

と述べた。

(2)被告の陳述

原告の請求原因に対する答弁並びに(仮定)抗弁として、

被告芝池訴訟代理人は、

「(一) 原告の請求原因事実のうち(一)の事実、被告芝池が被告川西の業務を執行するため、川西所有の自動車を運転中、該自動車と原告操縦中の自転車とが衝突した事実、その衝突事故によつて原告が負傷した事実はこれを認めるがその余の事実は否認する。

(二) 而して、原告が右負傷によつて入院した期間は一週間にすぎず、かつ、その退院直後、被告等両名の代理人として訴外後藤某が原告方を訪れ、両者話し合いの末、同訴外人が原告に対して右一週間分の入院治療費金額並びに慰藉料金二〇、〇〇〇円を支払つて、こゝに原被告間の争いは完全に示談解決を遂げ、原告は爾余の損害賠償請求権を放棄するに至つたのである。従つて、仮りに右事故に関して被告芝池に過失があつたとしても、同被告の損害賠償義務はこの示談によつて消滅に帰したものであつて、原告の本訴請求は何ら理由がないといわねばならない。」

と述べ、

被告川西訴訟代理人は、

「(一) 原告の請求原因事実のうち(一)の事実、及び原告主張の頃、その主張の場所において、原告が被告芝池の運転する自動車と接触したため原告主張のような傷害を蒙り、よつて原告が入院の上治療したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二) 而して、仮りに右事故に関して被告芝池に過失があつたとしても、被告川西はその被用者である被告芝池を雇傭するに際して大阪府公安委員会の自動車運転免許証によつてその適格性を確認したのであり、しかも同被告を雇傭した後は毎日自動車の整備を厳命し、運転着手前には十分運転に注意するよう申付けていたのであつて、本件事故発生の当日に於ても同様であつたのである。かくの如く、被告川西は被告芝池の選任監督につき相当の注意をなしたのであり、従つて被告芝池の使用者としての責任を問われるいわれはない。

(三) 仮りに右抗弁が理由なく、被告川西が使用者責任を負わねばならないとしても、原告の損害は次にのべる如く完全に填補されており、従つて、被告らに対して何らの損害賠償請求権をも有しないから、原告の本訴請求は失当である。すなわち、原告がその従業員として使用されていた大阪府天婦羅商工業協同組合が労働者災害補償保険に加入していたため、原告は、天満労働基準監督署より労災保険法十二条に基く保険給付として養療費一八、八五〇円、障害手当四四、五〇〇円を受領した外、被告川西より見舞金として金二〇、〇〇〇円を、右協同組合より本件事故に関して金二〇、〇〇〇円を夫々受領(以上合計一〇三、三五〇円)したのであり、これによつて原告は本件事故に関して十分なる補償を受け終つているのであつて、もはやそれ以上に被告らに対して何らの民法上の損害賠償請求権をも有するものではない。

(四) 更に、仮りに原告が本件事故に関して民法上の損害賠償請求権を有しているとしても、該事故の発生については被害者たる原告の側にも次の如き重大な過失があつたのであるから、損害額の算定に際してはその過失が十分に斟酌さるべきものである。すなわち、原告は当時満六〇才の老体で、運動機能の衰退と注意力の弱退を来していたのに拘らず、その運動能力を超過する相当の容積重量の荷物を積載して不慣れな自転車を操縦していたものであり、しかも緩行車道と疾行車道とが明確に分離されている本件事故現場において、原告操縦中の自転車が緩行車道を直進しておれば何らの事故も発生していなかつたのに、右事故発生の直前原告は交通法規を無視して急にハンドルを右に切り、車道の両端より六、七米内側の中央線附近の疾行車道内にまで進出したため本件事故の発生をみるに至つたのである。

(五) 以上何れの点よりするも原告の本訴請求は理由なきものとして棄却せらるべきものである。」

と述べた。

三、証拠

原告訴訟代理人は、証人沢田洋子、原告本人の各尋問を求め、甲第一乃至一三号証を提出し、乙第一号証の成立は認めるが乙第二号証は不知と述べた。

被告等訴訟代理人は、証人川西いも、被告芝池、同川西の各尋問を求め、乙第一、二号証を提出し、甲第六、七号証、甲第九乃至一二号証の成立は認めるが、甲第一乃至五号証、甲第八、一三号証は知らない、と述べた。

理由

被告川西が大阪府松原市において織布工場を経営していたものであること、被告川西の被用者である被告芝池が、昭和二八年六月二〇日昼頃、被告川西の業務執行のため(弁論の全趣旨により、この点について被告川西もまた明かに争わないものと認められる)、川西所有の自動車を運搬して大阪市東区住吉町三九番地先路上を北進中、折柄同所附近を北進していた原告の操縦する自転車に右自動車を接触させて転倒させたこと、及びこのため原告が右鎖骨複雑骨折、陰部打撲症及び血腫、尿道損傷の傷を負つて入院加療したことは当事者に争いがない。

(過失の有無)

そこで、先ず、本件事故が被告芝池の過失に基くものであるか否かの争点について検討することとする。

右事実に、成立に争のない甲第七号証、甲第九乃至一二号証、及び被告芝池、原告の各本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、昭和二八年六月二〇日午前一一時三〇分頃、被告芝池は被告川西所有のトラツク(兵一―四一六五号)を運転して、大阪市東区の通称松屋町筋の中央線より稍々左寄りの疾行車道を時速約二五粁で北進していた事実、右トラツクの前方約三、四米位の所を一台のトラツクが前方の見透しを妨げながら同方向に進行して居り、被告芝池の運転に係るトラツクは右トラツクとの間隔を保持しながらこれに追従していた事実、大阪市東区住吉町三九番地先路上に差蒐つた際、被告芝池は左側助手席に座つていた訴外坂東正三が足許のスタツキング・ハンドルに手を触れているのに気付いてその方に眼を移したため、その間前方を注視することができなくなつた事実、被告芝池が再び視線を前方へ移した時には、前方を進行していた前記トラツクは既にその進行方向を稍々右側に移しているのが認められた事実、被告芝池はそれと同時に、それまで先行トラツクに庶られて見えなかつた原告操縦中の自転車が疾行車道内を同方向に向つて進んでいるのを認めたが、右自転車と被告芝池のトラツクとの間の距離は、その時既に僅か二、三米位しかなかつた事実、被告芝池は警笛を吹鳴するいとまもなく慌てゝハンドルを右側へ切つて衝突を避けようとしたが、遂にこれを避けることができず、右トラツク左後部が原告の自転車の荷物と原告の右肩部に接触して本件事故となつた事実がこれであり右認定事実を覆すに足る証拠はない。

思うに、自動車の運転に従事する者が、その操縦に当つては常に前方に注意して事故の発生を未然に防止すべき義務を負うものであることは言うまでもないところであるが、殊に直線道路において先行トラツクに近接し、その車体によつて前方の見透しを妨げられながらこれに追従して疾走する自動車の運転手たる者は先行車がその前方の障害物を避けるため何時左右に進路を変ずるかも知れないのであるから、先行車が右に進路を変えたときには、直ちに左前方に障害物があるものと感知してその障害物の存在を確めるべく努め、同時に危急時に臨んで急停車の措置を講じ得るよう速度を減ずるとか、或は先行車に倣つて右側にハンドルを切るとかの適切な措置を講ずべき業務上の注意義務を負うものといわねばならない。しかるに、前認定の如く、被告芝池は本件事故現場に差蒐つた際、左側助手席に座つていた訴外坂東正三が足許のスタツキング・ハンドルに手を触れているのに気を取られて先行車の動静に注意することを怠り、ために、先行トラツクが右側に方向を変じた事実と原告の姿との発見が遅れ、慌ててハンドルを右へ切つたが及ばずして本件事故の発生をみるに至つたのであるから、右事故は、被告芝池の自動車運転手としての前記注意義務の懈怠という過失によつて、起されたものであるといわねばならない。

(選任監督についての過失の有無)

而して被告川西は、たとえ本件事故がその被用者である被告芝池の過失によつて生じたものとしても、同被告の選任監督については相当の注意をなしていたものであるから、使用者としての責任を問われるいわれはない旨抗弁するが、その主張に係る事実を認めるに足る何らの証拠もないばかりでなく、たとえその主張事実が認められるとしても右程度の事柄を以てしては、未だ以て民法七一五条一項但書にいう程度の選任監督につき相当の注意をなしたというには当らないから、右の抗弁は採用できない。

(示談の成否)

更に、本件事故発生後、原告と被告等との間に示談成立し、原告は被告等に対する損害賠償請求権を放棄したとの抗弁についての検討するのに、本件事故発生直後、原告が被告川西の代理人である訴外後藤某の手を通じて同被告より見舞金として金二〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争がないが、それと共に被告主張の如き示談が成立し、原告が損害賠償請求権を放棄したとの事実は、被告等の全立証を以てしてもこれを認めることはできないので、この抗弁も亦採用の限りではない。

(損害填補による賠償請求権消滅の主張に対する判断)

次に、本件事故に関して、原告は労災保険法に基く保険給付、被告川西よりの見舞金等を受領し、これにより既に十分な補償を受け終つているから、被告らに対して何らの民法上の請求権をも有するものではない、との抗弁について判断する。本件事故発生後、原告が天満労働基準監督署より労災保険法一二条に基く保険給付として療養費二二、五五〇円、障害手当四四、五〇〇円を受領した他、被告川西より見舞金として金二〇、〇〇〇円を受領した事は当事者間に争いがない。しかしながら、抑々労働者災害補償保険制度なるものは、国が、同保険の加入者であり、従つて又保険料の負担者である使用者に肩替りをして労働者に対する災害補償を保険給付の形式で行い、以て使用者の不誠実、無資力から労働者を守ると共に、使用者を不測の損害負担より解放することを目的とするものであるから、労災保険法に基く保険給付は、その実質においては、労働基準法にいわゆる災害補償であるに外ならず、従つて民法上の損害の填補とは必ずしも一致するものではない。而して労働基準法上の災害補償は、これを支払うべき使用者においてその災害の原因につき必ずしも過失あることを要するものではなく、その金額も法定されているのであつて、民法上の損害賠償とはその性格を異にし、両者はむしろ併存するものと解されるのである。ただ、災害補償の対象となつた損害と民法上の損害賠償の対象となる損害とが同質同一である場合には、民法上の損害賠償を認めることにより二重の填補を与えることとなつて不合理であるから、民法上の損害賠償責任を問うに際しては、災害補償をなした限度で賠償者は民法上の損害賠償義務を免れるものとしなければならないのである。災害補償をなした使用者自身が民法上の賠償者である場合に関する労働基準法八四条二項は明かに右の理を規定しているがこのことは民法上の賠償者が使用者以外の第三者であり、しかもその災害補償が労災保険法に基く保険給付の形式で行われた場合についても全く同様に解すべきものといわねばならない。以上の如くであるとすれば、労災保険法に基く保険給付を受領したからといつて必ずしも損害が十分に填補されたとは言に得ず、その受領が民法上の賠償請求権を全く排除して了う場合は唯一つ、災害補償の対象となつた損害と民法上の損害賠償の対象となる損害とが同質同一であり、しかもその損害額が保険給付の額以下の場合であるにすぎないのであつて、それ以外の場合には、右の事情は単に損害額の算定に当つて考慮さるべき一つの事情たるに止まるのである。ことに、労働基準法にいわゆる災害補償は、積極的消極的の財産上の損害の填補に資せんとするものであつて、精神上の苦痛の慰藉までも目的とするものではないから、労災保険法に基く保険給付金を全部受領した場合にも尚慰藉料の請求はできるものと解されるものであつて、この点だけからも、損害は十分に填補されるから民法上の賠償請求権はもはや存しないとの主張は当らないと言わざるを得ない。尤も、この点については、右の如く原告は被告川西より金二〇、〇〇〇円の見舞金を受領している事実が認められるが、しかし右二〇、〇〇〇円が本件事故によつて原告が蒙つた精神的損害の額であるかどうかは明かでなく、従つて右見舞金の受領によつて原告の被告等に対する慰藉料請求権が全く排除されるに至つたと言い切ることもできない。

これを要するに、被告の前記抗弁は、一見原告の損害賠償請求権の存否を争う主張の観を呈しながら、その実単に損害の額を争うものであるにすぎないものと言うべく、結局は損害額に関する判断を待つて始めてその当否が明かとなるものであると言わねばならない。そこで更に進んでこの点について検討することとする。

(損害額)

先ず、証人沢田洋子の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第三乃至五号証、甲第一三号証、成立に争いのない乙第一号証、証人沢田洋子の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告が本件事故によつて受けた傷を治療するため昭和二八年六月二一日より同年七月二四日まで関西医科大学附属病院に入院し、退院後も同年一〇月一日まで同病院に通院加療した事実、右加療に関し、同病院に対し三二、五二五円を、附添婦根鈴マサに対して一一、五五〇円を夫々支出した事実、右受傷のため、原告がその勤務先である大阪府天婦羅商工業協同組合を昭和二八年六月二一日より同年九月二六日までの間(九七日間)欠勤し、その間原告に対して賃金が支払われなかつた事実、本件事故発生日たる昭和二八年六月二〇日以前三ケ月間に原告に支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額は三一七円八六銭であり、従つて、右欠勤期間中原告が受領すべかりし賃金は三〇、八三二円四二銭であつた事実、本件事故によつて破損せしめられた原告所有の自転車の修繕費が二、一〇〇円であつた事実を夫々認めることができるが、原告主張のその余の支出その他の財産上の損害はこれを認めるに足る証拠がない。

そこで次に慰藉料の額について検討するのに、証人沢田洋子の証言によつて真正に正立したものと認められる甲第一、二号証、右証人の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、本件事故により原告がその主張の如き傷を負い約一ケ月の入院加療と、二ケ月余の通院加療とを受けた事実、その後も右肩甲部より右上膊部後方に疼痛を来し、右腕の機能障害が残存して現に尚重い物を持ち上げる事ができない事実、而して右障害が完全に治療する見込はない事実、を夫々認める事ができるが、これらの事実と当事者間に争のない原告が労基法上の傷害補償費を受領した事実を綜合すれば、原告の蒙つた精神的損害の額は金七〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

而して、原告が本件事故に関して天満労働基準監督署より労災保険法に基く保険給付として療養費二二、五五〇円を受領し被告川西より見舞金として金二〇、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争がないから、これら金員は夫々その填補の対象たる損害と同質同一の損害である前記療養費三二、五二五円、並びに慰藉料七〇、〇〇〇円の内より控除されるべく、又、成立に争いのない乙第一号証によれば、原告は右保険給付として看護料一、六一五円を受領していることが認められるから、これについては前記附添婦に対する支払金一一、五五〇円中より控除さるべきものである。この外、原告本人尋問の結果によれば、本件事故発生後、原告はその勤務先である大阪府天婦羅商工業協同組合より見舞金として金一五、〇〇〇円を受取つている事が認められるが、右金員は原告が本件事故によつて菱つた損害の填補を目的として授受されたものとは言い難く、又、原告が前記の如く保険給付として障害補償費四四、五〇〇円を受領した事は当事者間に争がないが、労基法上の障害補償の対象となる損害は、業務上の負傷又は疾病の残存による将来取得すべかりし収益の喪失であり、而も本件に於ては右と同質同一の損害は認定されていないのであるから、この何れについても前示の損害の額より控除することはできない。

なお、被告は過失相殺を主張しているけれども、損害額の算定に際して、酌するに価する程の過失が本件事故の被害者たる原告にあつたと認めるに足る証拠がないから、右の主張は採用しない。

(結論)

以上の認定によれば、被告等は各自原告に対して金一〇二、八四二円四二銭及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二九年四月一五日より右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務を負うものというべきであるから、原告の本訴請求はその限度に於て正当としてこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 長瀬清澄)

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